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紀行文「ペルーを訪ねて」

国土は日本の約3.4倍。エクアドル・コロンビア・ブラジル・ボリビア・チリと国境を接しており、ほぼ赤道直下から南緯18度にわたる変化に富んだ地勢を持つ。公用語はスペイン語。空中都市マチュピチュ、乾燥した大地に刻まれたナスカの地上絵など、いまだに多くを解明されていない世界遺産が数多く残されている。今回、いけばな紹介の舞台となったのは、南米大陸の太平洋岸の中心であるリマ。人口約774万人を擁するペルーの首都で、年間を通してほとんど雨は降らない。今回の来訪はFlor Peruおよび在ペルー日本国大使館からの招聘により、笹岡隆甫次期家元を団長して計12名が訪問した。

6月23日、成田空港からヒューストンを経由し、深夜、リマに到着。過去のラテンアメリカ訪問では、数名分のスーツケースが経由地に残されるということが多かったが、今回は、大作花器をはじめ、日本から持参した花材および全員のスーツケースが無事ホテルに届き、まずは一安心。花材を広げ、水につけて養う。

24日、世界遺産「リマの歴史地区」を観光。カテドラル、サン・フランシスコ教会、黄金博物館、恋人たちの公園…。ペルーはキリスト教の国。教会の内部は、同系色を中心とした趣味のよい花で飾られている。一般的に海外では、数多くの色を使った雑然とした飾花が多いが、ペルーの飾花は、緑を中心にオレンジ色をさし色として用いるといった落ち着いた配色のものが多い。一般の家庭でも神に捧げる花を欠かすことはないという。 昼食は、海の上のレストラン。セビーチェをはじめとした初めてのペルー料理に舌鼓を打つ。夕刻、館長よりのお申し出により、ラファエル・ラルコ・エレラ博物館にも、特別招待して頂いた。

25日、いよいよ文化交流の初日。午前中は日秘文化会館内ギャラリーにて、花展作品のいけこみ。日本から持参した五葉松・黄金ひば・あさひはらん・縞はらんに、現地で調達した花材をあわせ、計10作品をいけあげた。皆、日本で予め稽古してきたので手際よくいけあげる。インカの人々が大切にしてきた太陽をテーマに設定し、「日の出」「朝日」「太陽系」などの作品をいけあげた。お弁当でお昼を済ませ、午後は、同会館内大ホールにて、いけばなパフォーマンスの大作のいけこみ。続いて、ドライリハーサルを行う。 一度ホテルに戻り、全員、和服に着替えて、大使公邸に向かう。夕刻、大使公邸にて、アラン・ワーグナー防衛大臣夫妻をはじめ約50名のVIPを迎えてのデモンストレーション。未生流笹岡の古典花である「生花(せいか)」、「盛花(もりばな)」、「投入(なげいれ)」、現代花である「色彩花(しきさいか)」の計4点を順次いけあげる。最小限度の要素で豊かな空間を構成するいけばなの技を興味深くご覧になった。詳細な説明を加えたわけではないのに、「ペルーにもフラワーアレンジメントはあるけれど、いけばなにはphilosophyがある」と、VIPの方々。いけばなの省略の美の中に込められた、日本人の花への想いは、言葉を介さなくても伝わるのだなと、嬉しく思った。続いて、石田仁宏特命全権大使主催のレセプション。VIPより、石田大使に「おめでとう」と声がけなさっており、日本大使館としても鼻が高かったとのこと。

26日、全員和服で、日秘文化会館入り。午前10時と正午の2回、同会館内神内ホールにてワークショップを行う。ペルーで、いけばなのワークショップが行われるのは今回が初めてで、各回50名は満席。隣国エクアドルからの参加者もあり、「ぜひ次回はエクアドルにいらして下さい」とお声がけいただく。ウェイティングリスト多数につき、花展作品の手直しのためにリマに残る団員が、27日・28日の計4回のワークショップを開催することになった(2日間で、計75名が参加。中には連日参加する熱心な受講者も)。昼食は、Flor Peruのイングリッド・バンチェーロ氏のご自宅での昼食会に招待して頂いた。御礼に、前日の大使公邸でのデモンストレーションを再度、披露。同席した現地の私立小学校のオーナーから、ぜひいけばなの授業をお願いしたいとの依頼があったが、すでに予定が詰まっており、残念ながら今回は断念。

急いで、日秘文化会館に戻り、いけばなパフォーマンスのリハーサルを行う。花展の手直しを終え、全員控え室へ。緊張感が高まる。午後6時半過ぎ、満席になった大ホールでは、武田良甫によるパワーポイントを用いたスペイン語での講演が始まる。午後7時、会場の照明が暗転し、BGMの笛の音が会場を包み込む。暗闇の中、2名の女性が燭台を持って舞台に登場、舞台前方に燭台を飾る。幻想的なろうそくの灯りの中で、「太陽神」をテーマにした大作を、2〜3名が一組となり、次々と花をいけ込んでいく。カーテンコールでは、着物姿の出演者10名が舞台前で一礼。満席の会場が拍手の渦に包まれた。いけばなパフォーマンスは、照明・BGMと一体となった舞台芸術。10名が着物姿で舞台で花をいけあげる様子は圧巻。「こんな素敵な舞台を見せていただけるとは想像していなかった」と、初めて見る劇場型のいけばなに目を奪われ、「息を呑むような美しさ」と絶賛して頂いた。 続いて、会場をギャラリーに移し、花展開会式。オーストリアのGeorg Woutsas大使とペルー日本人協会の土亀エルネスト会長によるテープカット。現地のいけばなクラブ会員による作品8点も展示され、日本とペルーの花の競演をご覧頂いた。FlorPeruのミレヤ会長からは、団員人ひとりに感謝状とメダルを贈呈。花展会期は翌日27日〜29日の3日間。現地の日本人中学校からは生徒全員が観覧に来るなど、期間中約600名が来場して下さった。

午後8時、会場をあとにし、Flor Peruによるレセプション会場、クラブ・ナショナルへ向かう。クラブ・ナショナルは、まるでヨーロッパの宮殿のような格調高い名門クラブ(写真撮影不可。男性の場合、三つ揃えのスーツにネクタイ、靴紐で編み上げる革靴の着用が義務付けられている)。まずは、前室にて、ピスコサワーやインカコーラ、オードブルを頂きながら歓談。続いて、夕食会場へ移動。各テーブルには必ず会員が座るとが義務付けられているそう。楽しい食事とおしゃべりは深夜まで続く。

27日、早朝、空路クスコへ向かう。世界遺産「クスコの市街」は、標高3399mの高地にあるインカ帝国の首都であり、16世紀、スペイン人の征服者たちによってインカの石組みの上に、教会や邸宅が建てられた。サント・ドミンゴ教会や、カテドラル前のアルマス広場を観光。3層の巨石が22回のジグザグを描きながら360mにわたって続くサクサイワマンは圧巻。前日深夜まで食事を楽しんだ後、着物をたたんでスーツケースのパッキングをした団員一同の睡眠時間は約3時間。なるべく動作をゆっくりしようと気をつけてはいるものの、頭の痛みを感じるなど、軽い高山病に。リラックスするため、何度もコカ茶を飲む。これが、なかなかの美味。観光後、やや標高の低いの農村ユカイのホテルに移動。夜空には南十字星が姿を現す。

28日、オリャンタイタンボ駅から列車に乗り込み、今回の観光の目玉である世界遺産「マチュピチュ」へと向かう。マチュピチュ駅で列車を下り、九十九折の山道を乗り合いバスで上がると、美しい空中都市がその姿を現した。ウルバンバ川の流れる谷に囲まれた台地に築かれた、緑の映える遺跡マチュピチュ。周囲をアンデスの山に囲まれ浮かび上がる様は、まるで天空の都市ラピュタのよう。標高が2400mとクスコよりも低いこともあり、たっぷり睡眠をとった団員の体調は快復。3時間近くをかけ、遺跡内を一周した。

2遺跡の隣にあるホテルのレストランで遅めの昼食。列車でゆっくりと、4時間かけてクスコへ戻る。観光列車では、アルパカのファッションショーが行われた。列車の車窓から、クスコの100万ソルの夜景も楽しんだ。夕食はフォルクローレのレストラン。Arco Irisによる民族音楽を楽しみながら、アルパカやモルモットのお肉を味わう。サント・ドミンゴ教会の隣にあるホテルで宿泊。

29日、空路リマ経由で、イカに向かう。イカより小型セスナで、世界遺産「ナスカの地上絵」を見学。ハチドリをはじめ、巨大な地上絵を次々と目の当たりにした。午前4時モーニングコールで、睡眠時間約4時間の団員一同は、皆セスナのアクロバティックな飛行に酔って、しばし休憩。空路リマに戻って、市内のホテルで1時間ほど休憩。急いでシャワーを浴びて、すぐに空港に戻って、帰路へ。

30日、ヒューストンで乗り継ぎ、7月1日、成田空港へ無事到着。かなりの強行スケジュールであったが、ペルーの花や人そして数々の世界遺産との出会いを楽しむ素敵な旅となった。